論語エンジェルの【誰でも君子になれる論語の現代語訳】

論語の原文を、何のひねりもなく素直に読んで、現代語に翻訳するよ!

問.他者との共有概念を指標にしながらも、うまいこと自分の感性を磨けないかな?

答.陥っている人は無自覚だろうけど、他者依存や他力がNGみたいなんだ!
  流されるのは誰にでもできるけど、自分を動かせるのは自分だけさ!

☆★☆ピックアップフレーズ☆★☆

かならずはせい、そしてのちにじん
必ずは世、そして後に仁

素晴らしい指導者が現われてもやるのは世を動かす事で、仁は促さない。という意味。

世の流れに従う者は良い流れを待つものだが、自分の内を省みる事はいつでも出来る。

13-10(296)

孔子

例えば、広く強く影響力を持つ、王者が現われたとする。

乱れた社会をどうにかしようと立ち上がり、人望も才能も統治力も十分にあるような、
皆が待ち望んでいる救世主的存在だと思ってくれ。

 

そういう人がいたとしたら、まずやるのは世直しだ。

世直しで忙しくなったら国民に負担がかかり、その分自分を省みる時間が少なくなる。

自分のゆとりがなくなるという事は、仁の育成は後回しになるという事だ。

 

理性と感性を統一させて養う仁は、
そのような王者が統治者にならずとも、常に簡単ではないものであり、
また、王者が現われたらむしろ忙しくて、当分はできなくなる。

王者がいたら何が起こるかを想定すれば、
いるかもわからない人間離れした王者を待ちわびて恋い焦がれるよりも、
自分に対して今できる事を今始める方が、ずっと勝算があると気付ける。

 

≪状況の推測≫
王者が世界を変えてくれたら、生産性ある事ができるのにと嘆く者へ、それは無意識的な言い訳だと助言中。

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自分の内側にあるのが仁なわけで、思考方法や感動の仕方が、他力な何かによって変わるわけないんだよね。
でも、状況に流されてきた人にとっては、今の自分は他者が作った物なわけで、責任は統治者にあるのよね。

白文

子曰

如有王者

必世而後仁

書き下し文

子曰く

如くは王者が有り

必ずは世、そして後に仁