論語エンジェルの【誰でも君子になれる論語の現代語訳】

論語の原文を、何のひねりもなく素直に読んで、現代語に翻訳するよ!

問.「傷つけ合ってもいい集団」の中に「仕切り屋さん」が生まれて、みんなに傷つけ方のルールやセオリーを押し付けているよ! 「仕切り屋さん」に逆らう人は、余計に傷つけてOKって風潮もできちゃった。何これ普通なの? 従うべきなの?

答.地位と権力というハリボテ概念が生まれた瞬間に立ち会ったようだね!
  おめでとう。権力誇示者とそのとりまきはゴールが違うから離別でOK!

☆★☆ピックアップフレーズ☆★☆

ちのがのもののそれはてんよ
知の我の者のそれは天よ

自分の感性が情報過多で潰れた者は、所属中の集合体に完全服従する。という意味。

この者は、地位と権力なるものを得た事にして他者の感性も潰していくので、要注意。

14-37(351)

孔子

自分の感性がみえなくなり、
代わりに他者から仕入れた外部の情報が侵食しているような人だな、彼は。

 

〔子貢(しこう:人名)〕

自分の感性に外部の情報が侵食したような人は、成長の為に何をしますか?

 

孔子

天、つまり集合体の方針は、通常はそれを構成する各個体の方針と完全一致しない。

むしろ、一部でも重なったら、それは天命という尊い生き甲斐に繋がるレア現象だ。

しかし、集合体に所属している以上、集合体の方針に真っ向から逆らう事はできない。

否応なしに集合体の方針に則る事になれば、少なからず心に歪みや不満が生じ得る。

 

だが、自分の感性が無ければ、心に歪みや不満は生じない。

集合体の方針と完全一致していながら、さわやかな心境でいられるのである。

自分の感性を侵食した情報と集合体の方針に差異があっても、
感性が潰されているのであれば、生じるのは劣等感か疎外感くらいであろう。

痛みの感度は人それぞれとはいうが、心の怪我の重症度で分類するなら、
感性が有る状態で他者の方針に則らされる苦痛は、無い状態のそれより重い。

 

また、小さな異変に対して無頓着になる。

「周りはみんなこうしているけど、本当にこれでいいのかな?」とか、
「人間として、これはやっちゃいけないんじゃないかな?」とか、
そういった直感や勘が働かなくなるのだ。

そのおかげで集合体の方針と一致しても、心に歪みや不満が生じないわけだが、
自分自身の個性を含む、大事なものを見落としてしまうリスクが付きまとう。

 

細かい事が気にならないなら、
他者と違う自分の個性や、世界の不思議にも好奇心が湧かない。

そうなると興味が出る事は、集合体の方針上で自分の立場が重要になる事か、
集合体の方針に更に詳しくなる事だ。

 

その為、集合体のみんなが知っている、もしくは知るべきだとされている事を学び、
その枠からはみ出て学ぶ事なく、そのまま集合体の方針の上級者となる。

 

他者から仕入れた情報が自分の感性を侵食している者がする事は、
天そのもの、つまり集合体の方針の通りの行いだよ。


≪状況の推測≫
感性がなければどう成長するのか問う者へ、感性がなければ行き着く所は一つ最大多数派の頂点だと助言中。

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自分が個体である事に着眼できない場合は、必ず「全ては一つにまとまる」を実践したくなっちゃうのよね。
ゲームやアニメのストーリーでは悪者がそれをしがちね。むやみやたらにばらけさせるのも不自然だけどね!

白文

子曰

莫我知也夫

 

子貢曰

何爲其莫知子也

 

子曰

不怨天

不尤人

下學而上達

知我者其天乎

書き下し文

子曰く

莫する我は知なる夫

 

子貢(しこう:人名)曰く

何を爲すがその莫する知の子なり

 

子曰く

怨にあらずの天

尤にあらずの人

下の學、そして上の達

知の我の者のそれは天よ